中華人民共和国
People's Republic of China

北京オリンピックの興奮冷めやらぬ2008年10月2日、私は、ついに日本にやって来ました。関西空港に着いた時、「ここが日本だ!やっと来た!」と喜びと期待に胸が高鳴り、興奮したのを昨日のことのように覚えています。

中国の大学では日本語を専攻していたため、自分の目で直に日本を見ることは、長年の希望でした。そこで、滋賀大学教育学部の交換留学生として、1年間日本で生活をし、学ぶことができるのが嬉しくてたまりませんでした。留学の目的は、日本近現代文学の修士論文のための資料を集めること、日本の風俗文化を体験すること、日本語に慣れることなどでした。

では、私が実際に日本で学び、感じたことを何点か述べたいと思います。
まず、大学での勉強についてです。留学するまでは、何年間か日本語を習っていたので、基本的な交流は大丈夫なはずだと思っていました。しかし、大学に行って、いきなり壁にぶつかりました。授業登録に随分苦労したのです。滋賀大学の授業登録は中国とかなり違うので、資料をいっぱいもらっても、先生の詳しい説明を聞いても、頭の中を整理できず意味がよく分かりませんでした。運よく中国人の留学生に出会い、なんとか解決しました。その頃は、日本語がうまく理解できず、人の話がいつもよく分からなかったし、自分の言いたいことも表現できなかったので、とても困りました。

少しは日本語に慣れて落ち着いたと思ったら、次は、国語教育専修の大田先生の授業でまた落ち込みました。大田先生の授業は、とても厳しかったです。必ず複数の論文を読んで、それらを比較考察し、自分の観点や意見も述べねばなりませんでした。そして、レジュメを用意して1人ずつ順番に発表するのです。このような授業は、中国ではあまり受けたことがなかったので、どうしたらいいか分からなくて、とてもストレスを感じました。私が1つの発表をするのに、3週間の授業を費やしたことも覚えています。しかし、必死にやって、句読符号・文法から、内容・研究方法に至るまで、たくさん指摘され訂正されました。それは、私にとってたいへん役に立ちました。真剣にやったからこそ、得たものは大きいと思います。

平畑先生の日本語教育の授業もそうです。毎週エッセイを書いて期限までに提出し、模擬授業のために工夫を凝らして準備しなくてはなりませんでした。あまりにも大変だったので、何度か諦めそうになりましたが、なんとか踏みとどまって最後まで頑張り続けました。だから、先生に「立派です。ぜったいいい先生になれる」と褒められた時、何よりも嬉しかったです。

      

次に、勉強以外の大学生活について述べましょう。

学生にとって、学業はもちろん本分ですが、それは、大学での生活の一部分にすぎません。 もっと様々な大学生活を体験するために、学校のイベントにいろいろ参加しました。

例えば、チューターに紹介してもらって、茶道部に入りました。茶道部のみんなは親切で、難しい茶道を根気よく少しずつ教えてくれました。そして、年末には、先生の家での忘年会に招待してもらいました。お茶をたてたり、買い物に行ったり、おいしい鍋を食べたりしたのは、一生忘れられません。

次に、勉強以外の大学生活について述べましょう。学生にとって、学業はもちろん本分ですが、それは、大学での生活の一部分にすぎませんに。もっと様々な大学生活を体験するために、学校のイベントにいろいろ参加しました。例えば、チューターに紹介してもらって、茶道部に入りました。茶道部のみんなは親切で、難しい茶道を根気よく少しずつ教えてくれました。そして、年末には、先生の家での忘年会に招待してもらいました。お茶をたてたり、買い物に行ったり、おいしい鍋を食べたりしたのは、一生忘れられません。

 

また、ゼミ旅行も忘れがたい体験です。2月の始め、社会学専修の早川先生とゼミの学生6人と一緒に城崎温泉に行きました。初めてのゼミ合宿で、いかにも「日本」という雰囲気を持つ温泉に行き、伝統的な日本の風情を味わいました。これも、私にとって得がたい経験でした。
そのほかに、学校の交歓会で留学生みんなとパフォーマンスしたのも、通訳として大学の国際交流会や滋賀と中国湖南省の友好交流パーテイーに出席したのも、友達と日本各地を旅行したのも、私にとって大切な経験です。いろいろな国の人と交流してさまざまな知識を得ると同時に、新しい出会いがあり、非常に楽しかったです。

さらに、大学での学問とは直接関係のない体験についても無視することはできません。日本での留学生活は、勉強と遊びに加えて、アルバイトをして社会で働くという経験もできたという意味で、中国での学生生活と比べて豊かであったと思います。日本では、物価や家賃などが高いため、生活費の足しにするために、アルバイトしなければなりませんが、このアルバイトでの出会いも、私にとっては貴重なものでした。

私は食べることが大好きなので、飲食に関係があるところで働いていました。パン屋さんのドンク、ラーメン屋さんの「天下ご麺」と、居酒屋の「見聞録」の3つのアルバイトを掛け持ちしていました。来日前に、日本の料理と飲食店のことについては、話で聞いたことはありました。しかしながら、まさに「百聞は一見にしかず」で、実際に飲食店で仕事をして初めて実感したことがいくつもありました。


今振り返ると、アルバイトは、私の暮らしの中で最も充実していたことのひとつだと感じます。同僚たちみんなと仲良くなって、いつも料理や関西弁を教えてもらいました。そして、さまざまなお客さんとも接したのですが、彼らは優しく話してくれ、いろいろ勉強になりました。最初はいっぱい失敗して、店長によく叱られました。けれども、だんだん上手くできるようになって、自分で作ったものがどんどん売れた時や、お客さんに自分を覚えてもらえた時、褒められた時には、達成感を強く覚えました。


このように、アルバイトも私にとって、勉強の一つ――社会勉強だったと思います。その中で一番深く感じたのは、社会人としてのルール意識が大切だということです。いつでもどこでも、ちゃんとルール守り、責任ある大人として振る舞うことは、社会人として周りの人の信頼を得るために、必要不可欠なことだと思いました。

以上、私の日本での生活について様々な角度から述べできましたが、勉強にせよ、学校の活動にせよ、アルバイトにせよ、今回の留学で、見て、聞いて、感じたことや、得たものは、なにものにも換えがたく、一生の財産となるでしょう。日本語や日本の風俗習慣を学べただけではなく、多くの人との出会いや日々の経験は、私を成長させてくれました。寂しい時も、悲しい時も、困って悩んでいた時もありますが、それを自分なりに乗り越えたことで、少し強くなれたように思います。この充実した一年間の留学生活では、言葉では言い表せないぐらいたくさんの経験をさせてもらいました。今後は、今回の留学をきっかけに、もっと自信を持って、さらに新しいことに挑戦していきたいと思います。

最後に、日本を離れる前に、心から言いたいと思います――

「先生、ありがとう!
 友達、ありがとう!
 そして、滋賀大学、どうもありがどうございました!」

 

我的留学生活

在北京奥运圣焰还未消逝的2008年10月2号,我来到了日本。“这就是日本那!我终于来了!”当降落到关西机场的那一刻,我无法压抑的内心的喜悦与兴奋,至今仍仿佛昨天一样历历在目。


我在中国大学本科的时候专业是日语,能亲眼目睹一下日本是我长年的愿望。因此这次能作为滋贺大学教育学部的交换留学生来日本生活一年,我感到无比开心。而留学的目的主要是为了收集文学硕士论文的资料,体验日本的风俗文化,以及练就一口地道的日语等等。
下面就简单谈谈我在日本学习的几点感触。


首先是大学里的学习情况。因为留学之前已经学过几年日语,所以本以为自己和日本人基本的交流应该是不成为题的。然而,刚进大学就陡然碰壁了。选课的事情就让我苦恼万分。滋贺大学和中国大学的选课很不一样,尽管老师给了一堆资料,也进了详细的解释,我的头脑中还是一片混乱。幸好遇到中国的留学生,好不容易解决了。那时候日语不怎么好,常常不能完整地理解别人的话,自己想说的也不能很好的表达,特别郁闷。


刚觉着自己日语好些了可以稍微安下心的时候,马上又因为国语教育科大田老师的课程而再次陷入迷茫。大田老师的课很严格,必须要阅读数篇论文,比较考察之后再详述自己的意见和观点。然后还要归纳成文发表讨论。在中国并没有怎么进行过这样的课程训练,于是总是不知如何是好,感到压力非常大。我还记得我的一次发表居然用了三个星期的时间。不过对于我来说,最有帮助的也就是我这样努力地做,然后从标点语法到研究内容与方法等等都被一一订正。正因为我认真地做了,才会觉得受益匪浅。


平畑老师的日语教育课也是如此。每周必须在期限日期之前提交感想的文章,为了模拟的日语课也必须花很多时间来准备。因为觉得太麻烦了所以曾几度想要放弃,却也不知怎的就这样坚持到了最后。因此,当被老师夸奖道“很不错。小胡以后一定能成为一名好老师”的时候,心里真是难以言喻的自豪。


接下来便是学习以外的大学生活了。虽说学生的本分是学业,然而我觉得学习只是大学生活的一部分而以。为了更全面的体验大学生活,我还参加了学校各种各样的活动。比如,在辅导员的介绍之下,我参加了茶道部的活动。茶道部里面大家都很亲切,一点点很耐心的教我很复杂的茶道。年末的时候还邀请我去老师家参加忘年会。大家一起沏茶,购物,吃火锅,那场景永远也不会忘记。


专业旅行也是一次难忘的经历。二月初,我们社会学科的早川老师和六名学生一起来到了城崎温泉。这是我第一次参加专业合住,体验纯正日本式的温泉,品味传统的日本风情。是一次非常难得的经历。


除此之外,在学校的联欢会上和留学生们一起表演节目,作为翻译参加大学的交流会以及滋贺与中国湖南省的友好交流会,还有和朋友们去全国各地旅行,都是我珍贵的回忆。在与各个不同国家的人交往的同时,不仅学习到很多知识,也了解到了很多新鲜的事物,真的很开心。
再者,与大学生活没有直接关系的经历也不能小视。在学习和玩乐之余,打工的经历在某种意义上说让我在日本留学的生活比在中国更加丰富。日本的物价房租什么的都特别贵,这让我不得不通过打工来赚取生活费。然而打工的经历也是很珍贵的。


由于我的“食物情结”,我的几份工作都和饮食有关。分别在面包店,拉面店和居酒屋。来日本之前,我就对日本的料理和饮食店有所耳闻。然而“百闻不如一见”,真正到饮食店工作了在有了切实的体会。


现在回想起来,打工是我生活中最充实的事情。同事们把我当成朋友,教我做菜还有关西语。客人们也很亲切地和我说话,让我学到很多。开始总是做错事情,被店长训斥。然而当事情做得越来越理手,看到到自己做的东西被卖出去的时候,被客人记住自己的姓名的时候,被人夸奖的时候,还是非常有成就感的。


这样的打工对我来说也是一种学习----社会学习。这其中感触最大的就是社会人的规矩意识。不论何时何地,都很守规矩,很有责任感。或许这就是作为社会人让人得以信赖不可缺少的意识吧。


以上是我在日生活的几个方面。学习也好,学校活动也好,打工也好,这次留学所见所闻所感,所有得到的都是我一生无可替代的财富。不仅仅是学习日语和感受日本的风俗习惯,相遇各种各样的人以及每一天不同的体验,都让我得以成长。或有孤单或有悲伤或有无助与烦恼,却总是在一次次超越自我的同时变得坚强。这一年充实的留学生活,我得到太多无法用言语表达的经验。从今往后,我要以这次的留学为一个新的起点,更加自信地来迎接新的挑战。
最后,在离开日本之前,我真心呼喊----


我的老师,谢谢您!
我的朋友,谢谢你们!
滋贺大学,万分感谢您!