大韓民国
Republic of Korea

日本での生活

5月25日、滋賀での生活が始まりました。到着するやいなや部屋に必要な品物を取り揃えるまではすこし大変でしたが、ここでの生活に少しずつ慣れながらそんなに心配もしなくなりました。またここの冬は風が強くなくて思ったより寒くなかったです。(私は寒い所に弱いです。)高い建物がなく、近くに瀬田川もあり、琵琶湖も近くて自然に取り囲まれた所で、住みやすい所だと思いました。そして何より日本の生活で抜かせないことが教育学部に韓国人の友達がいなくてさびしい時や大変だった時に力になってくれた友達と先生、バイト先の多くの方々、そして学校関連の職員の方々です。このような暖かい心遣いは一生忘れられないでしょう。

そしてバイト先での敬語使い。韓国の敬語も難しいと思いましたが、日本の敬語もすごくむずかしいなと再び思うようになりました。失敗を減らすために敬語の勉強も誰よりも熱心にしましたし、テストの準備も後悔がないよう自分なりにしました。
そして日本は交通が便利だとも言えますし、そうではないとも言えます。電車や地下鉄、バスなどよく整備されていますが、交通費が高いので移動する時にとても悩んだりしたからです。もうすこし交通費が安くなったらいいなと思いました。

文化体験

京都の神社及びお寺

そんなにたくさんのところを見回ってみませんでしたが、記憶に残ったところは清水寺、伏見稲荷大社です。

 

清水寺は紅葉がきれいなところで知られていますが、私は夏に行ったので紅葉が見られなかったのが残念だったと思いました。絶壁の上に建てられた清水寺は今から約1200年前、奈良時代末に建てられた建築物だそうです。平安時代何回も燃えましたが、現在残っている清水寺は3代将軍の家光によって再建された後、今まで続いてきたのだそうです。他のお寺と違って絶壁に木で固定されていた姿には感嘆せざるを得なかったです。

そして伏見稲荷大社は農業と豊饒の神様を祭る所で、狐はその神様の使い走りで神社のあちこちにその狐像があり、神社の名前も伏見稲荷であるのです。 神様は日本の神様ですが、伏見稲荷神社を建てた張本人は韓国の新羅人だそうです。 またこの神社は映画「 Memoris Of A Geisha」でも出ましたが、その場面はいまも目に浮かびます。 数え切れないくらいに立てられていた赤い鳥居の道をたどる間、何か妙な雰囲気に取り囲まれて圧倒されてしまいました。

 

 

大阪城

日本の3大お城で有名な大阪城。 豊臣秀吉が建て、その後徳川家康との戦争で燃えてしまいました。 しかし1620年から徳川秀忠によってお城が再建され、1629年に完成されました。 その後、江戸時代にも何回の火事で損傷を受けて直しましたが、1928年当時大阪市長が再建することを主唱し、1931年お城を竣工しました。

今の大阪城は初めて豊臣秀吉が建てたこととはその位置と姿が全然違ったお城だそうです。 何らの知識がない状態で見たとしたら普通のお城だと思ったかもしれません。 しかし予め歴史の授業で大阪城に対して簡単に勉強したことが役に立ちました。 そして大阪城の周辺は公園なので散歩するにもよいと思いました。

授業

主に「日本語」の授業をとりましたが、他に「近江と琵琶湖」、「日本事情」、「日本文化」、「プレゼンテーション」、「書道」などをとりました。全部面白かったし、役に立ちましたが、その中で記憶に残ったのが「日本事情」の授業と「近江と琵琶湖」の授業です。


まず、「日本事情」の授業では日本の高齢者福祉の方針や介護観の変化、介護保険法、高齢者向けの入所施設、家族による介護に対する公的支援などを扱われました。その中にも高齢者の福祉に興味ができました。日本といえば長寿国家だというイメージがあったし、それほど高年者のための思いやりと福祉がもっとよくできているという考えが前からあったからです。日本の福祉政策が完全だとは言えませんが、韓国よりは発達していると思います。韓国の福祉政策の問題点について簡単に言ってみると、まだ福祉と関連した機構がちゃんと揃っていないし、立派な法案が出てきても最終的なサービスが政策対象者に伝達されず、効果が半減したり失敗する可能性が多いのです。また専門のスタッフと専担機構も足りない状況なので、事実上、効率性がたくさん落ちています。そして老人福祉に対した関心度が低いです。韓国の老人福祉政策の問題に対する解決策として、専門的で具体的な社会福祉業務を専担させて、既存の労働力と機構を専門化、効率化しなければならないと思いました。そして農村地域の福祉担当者への専門的な教育を強化しなければならないし、普通の人々が現実の状況をよく把握するように広告やサービスが普及されなければならないと思いました。そして一人一人の意識を変えなければならないと思いました。日本事情の授業を通じて韓国と日本の福祉を比較しながら韓国の福祉にも関心を持つようになりました。そして他の国の福祉に対しても留学生たちとお互いに話ができてよかったと思いました。また日本の福祉の良い面は見習いながら改善していけばいいだろうと思いました。


次に、「近江と琵琶湖」の授業では琵琶湖の全般的な部分について学びました。その中からも私が関心を持った部分は琵琶湖の水位関連の部分です。この前「アクア琵琶」に行った時にも琵琶湖と瀬田川の水位と洪水に重点を置いてよく見ました。四方を山に囲まれた琵琶湖には、119本もの川が流れ込んでいますが、出ていく川は瀬田川だけなのです。それで洪水の恐れがあって、瀬田川の水位調節の施設がよく整備されているのではないかと思いました。また、瀬田川には洗い堰というのがあります。瀬田川の洗堰とは、琵琶湖の水位を調節するのです。琵琶湖の洪水を防ぐために、川底にたまった土砂を掘り取る瀬田川の川ざらえ工事が、昔からたびたび行われました。川底を深くして、よりたくさんの水が流れ出るようにしたのです。
そして瀬田川や琵琶湖について学びながら、私が住んでいる地域の周辺にある川に対しても考えるようになりました。それでインターネットで関連の機関のホームページを利用して政策などについて分かるようになりました。思ったより韓国にも川や河川のためにさまざまな施策が立てられていて驚きました。そして故郷で生まれて、今までどうして洪水や日照りが起きるのかに対して全然疑問を感じてみたことがなかったし、周辺の川や河川などに無関心だった自分が恥ずかしく感じました。韓国に帰れば家の近くにある河川へ行って水位はどうやって管理されるのか、周辺の環境はどのように管理されるのかなど関連機関を訪問して調べないといけないと思いました。また水位以外にも川や河川の生態系に対して調べてみたいと思いました。私たちは自然と共存して生きて行かなければならないですから、川や河川の生態系が私たちの生活に直接的にどんな影響を及ぼしているのか調べたいと思いました。

交換留学を終えて…

来たばかりの時、日本語も上手ではなかったし、一人で生活することもあれこれと心配でしたが、今は他の国の友達もできたし、良い思い出もでき、言葉ですべて表現できない位の貴い宝物だと思います。韓国人の友達がいないという寂しさに大変でしたが、日本の生活に慣れていながら多くの人々の温もりをかんじることができたし、無事に日本での留学生活も終えることができました。また思ったより外国人の友達をたくさん付き合うことができてよかったです。英語が上手ではないので、日本語で話し合わなければならなかったですが、これもすごいなだと思いました。日本、中国、タイ、モンゴル、メキシコなどの友達が集まってご飯を食べる時も日本語一つで意思疎通ができたし、面白い話をしながら一緒に笑い、大変だった時や悩みがある時にも慰めて励ましながら情もたくさん積もりました。また日本の花火、祭りなど生活の中に染み込んでいる文化を通じて日本人の情緒も分かるようになりました。韓国に帰ってもずっと日本語を使って仕事がしたいです。滋賀での留学生活の思い出を忘れられないよう日本語が使いたいです。みなさん、ありがとうございました。

秋に住んでいるマンションから撮った風景です。